リチーネコンチェルト
第21回テノールリサイタル奥村浩樹

オペラコンサートに行って参りました。

コンサートは第1幕と2幕に分かれていて
休憩をはさみ、約90分ほど

聞いていると、シンプルなピアノの音と共に
重低音などという安っぽい言葉では言い表せないほどの
言葉と音の抱擁に包まれる

そして時には心臓を揺さぶられる感覚

コンサートの時間があっという間に過ぎていく
まさにその場でしか体験することが出来ない芸術と言えよう

どうしてもこの場で長々語ろうとしてしまうと、
安っぽい言葉になってしまい体験を上手く伝えることが出来ない。

なので、私個人のことを絡めて
コンサートの体験を得て思い立ち
走らせた筆をお伝えしていこうと思う。

初心者の本山が思うクラシックのイメージ

私ごとですがクラシック音楽に関しては
高校時代にエレキギターがやりたいという
純粋な高校デビューしたい気持ちがあり

クラシック音楽を覚えれば
「ギターも弾けるようになるよ!」

という部員の勧誘と言葉に騙されて吹奏楽部に入り

クラリネットを初心者で担当したと思いきや
吹奏楽部強豪校あるある

猛烈な罵倒と陰湿なイビリ、自尊心を痛めつけられ

カルト宗教や暴力団と同じで入ったら辞めさせてくれない。
それでも退部を申告すると、100人以上の部員の全員総出で
3~4時間に渡る引き留めと説教を受ける…

引退する頃には
もう二度とクラシック音楽なんてやらない!
と思っていたほど嫌いでトラウマを持っていました。

そして譜面は読めるけど
楽器もそこそこできるけれど
和音の聞き分けは若干できるけれど

肝心のクラシック音楽に対する本質的なこと
まるでわからない。
いわゆる初心者でありました。

コンサートに足を運ぶと
学校教育の中で教えられる
狭い知識、考え方、浅はかな思想とはまるで違い

プロとして前線に立ち
お客さんからお金を頂き
命を懸けて音楽、芸術を披露する

そんなクラシック音楽に真摯に向き合うプロに出会い

私のくだらない過去の嫌な記憶、トラウマなどは
どこか遠く、ほほえましい産物となり消えました。

クラシック音楽の何が良かったのか?

自分のことであまりにも前振りが長くなり失礼する

確かに予備知識なしでは
クラシック音楽を聴いても見ても

何を感じればよいのだろうか?
何を良いと思えばよいのだろうか?

それは小さい頃、連れて行ってもらった
水族館にいるような気分になる。

お魚の知識が無いので
何がすごく、何が珍しいのかは
わからない…

ただ、確かなのは
居心地が良いということだ

水族館で言えばずっとここに居たいな

はじめてのコンサートはそんな感覚である。

子どもの状態なのだ

 

そしてこの曲はどんなストーリーだったのか?
知識を勝手に調べたりだしたりする。

例えばお魚の知識がある程度わかり
大人になって水族館に行くと

子どもの頃に感じていた
よくわからないけど面白い、心地よい

とはうって変わって

あぁ!コレコレ!
と言った感じになり
全身がじゅわ~っと鳥肌が立つ感覚
味わうことが出来る。

 

クラシック音楽も同じことが言える

時折、知識が無くとも
言葉では表現できないほどの感覚に
包まれることがある

どんなに食レポが上手でも
おいしいものは、本人の舌を通らなければ
伝えることが出来ないので

是非、足を運んで実感してもらいたい。

 

なお、リチーネコンチェルトでは
他のオペラコンサートではやることのない
曲の合間に、丁寧にユーモアを絡めて
解説をしてくれている。

芸術、クラシックとは何か?

自分の思っていること
胸の内側から溢れる思いを

他人にありのままに言葉で
伝えられるのだったら

文字も絵も音楽も
文化もいらない。

言葉では伝えきれない思いを
伝えようとしたのが芸術であり

逆に言えば、芸術そのものに価値があるのではなく
芸術というツールで何かを伝える手段

だと私は思う。

 

だから、高校時代に経験した
譜面通りに奏でて、極めたつもりになって
コンクールで賞を取ることが目標になっている
人々が大嫌いだった

何かを伝える
胸の内に押し殺している葛藤
昇華させようとしたのが音楽ではなかったのか!?

 

これ以上わがまま言うと
某業界人の粛清をくらいそうなので
弁護を入れておくと

確かに譜面通りに音を奏でる
きれいな旋律を保つ
作曲者、指揮者の意図を忠実に汲み取る

それはすごく、褒め讃えられることだ

ならばそれを芸術家とは言わず
アスリートと言ったほうが良いだろう。

何かしら順番をつけるコンクールは
芸術とは別に、アスリート選手権と
分けて考えておいたほうが良いだろう。

コンクールを舐めているわけでは無い

オリンピック選手や競技を見ていると感じる
あれほどストイックに、ただ純粋に数字を求め

まるでギリシャ彫刻のような
一切の乱れも穢れのなく清々しい

そして純粋真摯に取り組む姿こそ
心の底から感動を覚えるからである。

 

結局クラシック音楽はどのように聴けばよい?

話がだいぶ哲学的なものに逸れてしまったが

初心者がクラシックに何を感じればよいのか
小難しいことを考える必要はなく
まずは気軽に足を運ぶ。

人それぞれに解釈をし
なかには、そこから気付きやヒント得たりすることもある

物書きの人は創作活動に
インスピレーションを沸かしたり
活かしていければ良いのである。