「おまえは一体、何がやりたいんだ?」
という問いについて本気で考えてみた

おまえは一体、何がやりたいんだ?

と言われて答えられる人は、
果たしているだろうか?

人それぞれ

・チヤホヤされて自己承認欲求を満たしたい

・守りたい人がいる

・○○という使命を果たさなければいけない

・お金持ちになって、欲求を満たしたい

・のんびりできる自由な時間が
過ごせるようになりたい

・医者様になって沢山の命を救いたい

 

本能のままに正直な欲求を
答えられる人もいれば

誰にも反論が出来ない
高尚な理想を目指そうとする人も
いるだろう。

正直なところ、

「おまえは何を言っているんだ!?
こっちは、明日の飯を食うのに必死なんだよ!
生活を維持するための活動が目的だ!」

 

「自分は本当はやりたくないこと
なんだけど、生活のためにやっている」

という人のほうが、ほとんどだろう。

 

「おまえは一体、何がやりたいんだ?」

という問いを真面目に考えられる時間が
ある時点で、

表向きは個人事業主だが、
悪く言えば、社会不適合者やニートに
なってしまうだろう。

学校教育やメディアの価値観を
信じている人ならば、
そう言われても仕方ない

つい最近まで人類は、
今日の飯を食うためで精一杯だったのだから。

 

 

このように
おまえは一体、何がやりたいんだ?
という問いについて本気で考えてみた

なんていう至福の時間があるのは
とても贅沢なことだろう。

現状の私、中山が
充分な不労所得があって、
時間が有り余っている訳でもない

ものをつくる人、芸術家のやりたいこととは?


では、芸術家はどうだ?

芸術家とは
絵描き、音楽家、クリエイター、詩人などにあたる

今まで会ってきたほとんどの芸術家は
儲かるからやっている訳では無い

 

何か見えない力に突き動かされる
本能的なリビドー(衝動的な感情)のままに
取り組んでいる。

作業そのものが快楽物質の
ドーパミンがドバドバ溢れ出ている

「楽しい」なんて言葉では生ぬるい。

性欲にもはるかに勝るやらざるを得ない衝動的なものなのだ。

古代ギリシャの哲学者プラトンのように
片っ端からモノを作っている人、芸術家に

「なんのために生きているのですか?」
「なにを目指しているのですか?」
「最終的にやりたいことは、なんですか?」

などと変人のごとく、聞いてまわった。

誰一人として
ありのままの言葉で答えられる人なんて
いなかった

自分の思っていること
胸の内側から溢れる思いを

人にありのままの言葉で
伝えられるのなら

文字や絵、音楽、
夢も文化もいらない

それが答えだと思う。

しかし、誰もが
最低限の生活を維持しなければならない。

だから99%の芸術家の素質がある人は

「趣味でやってます」
「副業です」

と言って何かに諦めていたり、

「下請けで依頼されてやってます」
収益につながるようにマネタイズしてます。」

などと、

それは芸術家では無く、
顧客のニーズ通りに

商品やサービスに飾りをつける役割
担っている。

 

100%自分が納得していたり、

自分の胸の内から湧き出る本能のままに
取り組むことは出来ないけれど

どこか1%でも良いから
出せるところで、
なんとか出そうとしている感じだ

絵を描くために、絵を描くのをやめた

私、中山もそうである。

いまでさえ
個人事業主として比較的、
楽しく仕事をさせてもらったり、

このように自分自身と
向き合える時間を設ける
ことができているが

学生時代から絵を描いたり
自由にモノを作ろうとしても

「こうしたら儲かるかな?」
などと、どうしても思ってしまう。

「そんなの当たり前だよ」
という人もいれば、

 

「なんか違う。それじゃない」
と言う人もいる。

だから、どうせ儲けるのだったら
絵で食べていくには単価が安くて稼ぐには効率が悪いのだから

稼ぐことと、やりたいことは
別にしよう

1日でも早く餓死しない程度の
一生分の生活費を
さっさと稼いでしまおう。

 

絵を描くために
絵を描くことはやめた。

そう思ったのが今から5年前。

 

 

だから、儲けるための知識がないぶん
胡散臭い商材をいくつも買いあさったり、

何度も騙されながら儲かりそうな
コミュニティに頭を突っ込んだ。

マルチやネットワークビジネス、
MLMはいかにも…なので

手を出さなかったが、

それ以外の
株やFX、転売、ネットビジネス
上手い話に乗るなど

儲かりそうなものは、
片っ端から手を出した。

 

大損をするたびに、
周りの人に馬鹿にされまくったが

(^q^)「私の何がわかるっ!?」

(金を稼いで自己承認欲求を
満たしたいのでは無く、目的が別にあるのだ。)

などと、モヤモヤしていた。

いつしか、

(^q^)「あれ?おれは、なにをしたいんだっけ?」

などと本来の目的を忘れて、
気づいたら、いろんな人に
振り回されていた。

頭もおかしくなっていた

それが1年前…

先人の人々から学ぶ


「やりたいこと」を言葉で語る
ことはいまのところ出来ない。

時には
図のような天秤のように
金儲けに偏ることもあれば

時には
自分の衝動のままに従うように
本物になろうとして
偏ることがある。

もちろん
両方を同時にこなすことは無理だ。

その場その場で
悩み、葛藤を繰り返しながら
進んでいく。

 

絵を描くために絵を描くのをやめたのも
学生時代、それ1本で生きていくのは
無理だと、逃げたいから、

物事をシンプルにして
思考エネルギーを浪費したくなく
怠けたいから

無機質で愛の無い金儲けだけに
偏ろうとしていたのかもしれない。

絵描きになりたかった先人たちを
観察してみると

当時、お茶碗や屏風、扇子、着物が売れるから

わざわざ書きづらい商品に対して
絵を描いていたのかもしれない。

本当は、平らな紙に書きたかったのかもしれない。

それが今では伝統工芸、芸術品扱いだ。

かえって、ペラペラな紙に書くよりも
広く浸透して文明を発展させたのかもしれない。

 

私、中山が
VRのコンテンツ制作や
バーチャルユーチューバー、
プロダクト開発、
パンフレットやフライヤー、
パッケージデザインに

携わっているのも

先人たちと同じように、
絵を描くことを活かすことができるかもしれないと
ところどころ実戦するべく
今に至る。

ここまでお読みくださり
ありがとうございます。